昨夜、俺と電話をしている真っ最中だった友人――平沢真輝、十九歳。男性としては標準的な体型。茶パツと人当たりの良さのせいで軽薄そうに見えなくもないが、義理人情に厚い。しかし、俺様至上主義――が公園で何者かに襲われた。
突然、携帯電話から真輝のくぐもった声が聞こえたかと思った瞬間、ガツッという音がして、それっきり真輝の声は聞こえなくなったのだ。
何度呼びかけても、真輝は返事をしない。その上、聞いたことのない男の声で、「お前さえいなければ……」などと呟いているのが微かに聞こえてきた。
真輝に何かあったのかと思った俺は、真輝が居るはず公園に急いだ。
俺が公園に着いた時には、真輝は入口近くにあるブランコの前で倒れていた。後ろから後頭部を殴打されたらしく、出血がひどく、意識もなかった。そんな状態の真輝に対して、俺ができることと言えば、救急車を呼ぶことと、意識や脈を確認することぐらいだった。
ただ、発見が早かったので、未だ昏睡状態ながらも、なんとか一命を取り留めた。
事件の翌日、俺――椎名冴、十九歳。愛称はサエ。男性と言うには少々小柄な体格。化粧して女装でもさせれば、ちょっと体格のいい女に見えてしまう程の外見と、外見に全くそぐわない、単純な性格の弾丸野郎だとよく言われる――は事情聴取を受けるハメになった。
第一発見者であり、犯行を携帯越しに聞いていたため、仕方ないと言えば仕方ないのだが……。容疑者扱いされているようで、気分が悪くなった。
しかし、真輝をあんな目に合わせたヤツがその辺にのさばっているかと思うと、半端じゃなく腹が立つ。そして、真輝があんな目に合う前に公園に行けなかった自分にも……。
事情聴取が終わった頃には、陽は傾いていたが、まっすぐに真輝の入院している病院に向かうことにした。
病院に着き、受付で真輝の病室を訪ねると、面会時間はあと一時間程度だと言われた。しかし、顔を見に来ただけなのだし、構わず病室に向かった。
しかし、真輝しかいないと思っていた病室には先客がいた。
「冴くん……来てくれたんだ」
真輝の兄――平沢夏輝、二十三歳。体格的には標準で、真輝とも似ている。しかし、常に謎の言動で周りを混乱に陥れる、独特の雰囲気を持つ倒錯入った人だ。どこぞのビジュアル系バンドのメンバーらしい――だった。
夏輝さんは、俺が扉を開けるなり、ベッド横にある椅子に座ったまま扉の方を向いたのだ。
「真輝、意識が戻ったよ。今は寝ているけどね」
夏輝さんは扉を開けたまま止まっている俺に優しく微笑んだ。
俺は内心、夏輝さんの言葉に胸を撫で下ろした。けれど、
「そうですか……」
俺はそう言葉を口にするだけで精一杯だった。何を話していいのか判らなかったのだ。
「冴くん、君が救急車を呼んでくれたから、真輝はたいした事はなく済んだんだ。ありがとう」
夏輝さんは優しい。おそらく、俺の抱える後悔を和らげようと、言ってくれたんだと思うから。
「でも……、俺がもっと早く公園に着いていたら……」
けれど、俺はひたすら後悔することしかできなかった。
「どうして? 君が悔やむことは何もないんだよ?」
夏輝さんは繰返し、優しく言ってくれた。けれど、それが逆に俺の後悔の念を増長させた。
「俺、血だらけになってる真輝を見つけて、どうしたらいいかわからなくて……。ホント何もできなかったんです」
俺は居たたまれなくなり、立ち去ろうと、背をむけた。
「なんで、お前のせいになるんやッ」
不意に後ろから第三者の声が聞こえた。
俺は反射的に声のする方を向いた。
「起こしてしまったか」
夏輝さんが苦笑して寝台の方を振り返る。
そこには、身を起こして俺をにらんでいる、頭に包帯を巻いた真輝がいた。
「でも、俺がもっと早く行ってたら、真輝は怪我しなくて済んだかもしれないし……」
「ボケッ! 何でお前の遅刻ぐらいで俺サマが死にかけにゃ、あかんのや?! うじうじ悩んどるヒマあったら、犯人とっ捕まえて来んかい!」
……。
俺は唖然としていた。意識不明だった人物がこんな風に怒鳴るなんて思わなかったし、責められると思っていたので、意外だったのだ。
夏輝さんは夏輝さんで、クスクスと笑っている。
「さっきまで『サエが来なかったらどうしよう』って泣きそうな顔していたのは、何処の誰かな?」
「や、やかましいわッ!」
真っ赤な顔でマキが夏輝さんの服を掴む。
けれど、夏輝さんは涼しい顔で笑っている。
確かに、俺が悩んだところで犯人が捕まるわけでも無し。
だったら、犯人捕まえてシメてやろうじゃないか!
俺はヒジョウに単純な性格をしているらしく、真輝の活入れで立ち直ってしまった。(いいのか? それで/汗)
病室へ再び入ると、扉を後ろ手に閉めつつ、言った。
「んじゃ、ご要望にお応えして、犯人とっ捕まえるから♪ 覚えている事を教えてもらおうか?」
「俺は、家ん中だと電波悪いから、公園からサエに来いって電話しとって……いきなり殴られたんや」
真輝は確認するように、ぽつりぽつりと話し始めた。
「俺はバイト終わった直後に真輝から電話かかってきたから、電話しながら歩いていたんだ。そしたら、急にガツッて音がして、真輝の声がしなくなったんだ。電波悪いのかと思ったけど、真輝って呼んでも反応ないし、『お前さえいなければ……』っていう知らない男の声が聞こえて……」
俺もあの時の行動を確認するように思い出していた。
「真輝、最近恨みかったような覚えは?」
妙なタイミングで質問をしてくるのは夏輝さんだ。
「んなもんないわッ」
即答する真輝。けど……
「そぉだっけ? お前、あの……メガネの、暗そうなヤツに絶対赦さないだの、祟ってやるだのって言われてたじゃん」
俺はつい一昨日のことを思い出していた。
「そ……それは……」
真輝は言いにくそうで、口篭もってしまった。
「真輝、はっきり言わないと……わかってるよね?」
夏輝さんはにっこり笑顔で真輝を脅してる。
しかし、相当言いにくいことなのか、真輝はなかなか言おうとしない。
「そんなことは後でええやろッ。まずは俺サマを襲った不届き者のことが先や」
真輝が再び吠える。
「誤魔化すんじゃない。そいつが犯人って可能性あるだろ?」
夏輝さんの一言で真輝は言葉に詰まり、急に静かになる。
とりあえず、話題をずらさねばと俺は話を振ることにした。
「真輝は犯人のこと、何か覚えてない?」
俺の一言に、真輝は
「……俺を襲ったのは男だったと思う。あと、一瞬だったけど、犯人の顔が見えて、どこかで見たことあるヤツだと思ったんだよな……」
真輝の台詞に内心、犯人はこの前のメガネのヤツじゃないのかって思ったが、また話がズレ兼ねないので黙っておく。
「冴くんは見てないのかい? 犯人を」
夏輝さんがいきなり俺に話を振った。
「俺が真輝を見つけたときには、周りに人の気配はなかったですし、それまでに公園から出てくる人も見てないですよ」
その上、俺は真輝が襲われてから公園で真輝を見つけるまで、人と行き会った覚えは無い。
と、ここで、自分の思考から現実に戻ると、夏輝さんが扉のほうを凝視していた。
……。
真輝も何事かと思ったらしく、恐る恐る夏輝さんに声をかけてみる。
「兄貴?」
真輝が声をかけるまで、夏輝さんは黙り込んで、ただ扉を凝視していた。
そして夏輝さんは、真輝の方を見て笑いかけると、真輝の耳をつかみ、何事かを耳打ちする。
「真輝、ちょっと………」
すると、真輝はニッと笑い、OKと微かな声で言った。
突然、真輝が叫んだ。
「あぁッ! 思い出せそうで思い出せない! あの顔、どっかで見たことあるはずなんだけどなぁ。っつーか、俺、絶対どっかで見てる!」
廊下にまで響き渡る絶叫だった。
「冴くん、そろそろ帰ろうか。真輝には一晩あげるから、早く犯人の顔を思い出すんだよ?」
夏輝さんは真輝に微笑みかけると、俺を促がして廊下に出た。そして廊下を一通り見渡すと、夏輝さんは、話したいことがあるからと言って、俺を伴って病院の裏にある見舞い客専用駐車場に向かった。
夏輝さんは彼の愛車を見つけるとロックを外し、俺に助手席に載るように指示した。そして何処から出したのか、録音機能付きのMDウォークマンと小型の集音マイクを俺に手渡した。
「冴くん、今から犯人おびき出すから。コレ持って真輝の病室に行って欲しいんだ。さすがにあの馬鹿だけじゃ、犯人と証拠の両方を押さえるなんてできないだろうしね」
「犯人、わかってるんですか?」
俺には先ほどからの夏輝さんの行動が不可解で仕方なかった。
「わかったっていうか……。さっき、真輝の病室をこそこそ覗いてるヤツがいたんだよね。だから、もしかしたらって思って」
夏輝さんはさらりと言ってのけた。
どうやら、先ほど病室で扉を凝視していた理由が、不審者の行動を見ていたことらしい。けれど、あれでは覗いていた人物も気がついているのではないだろうか?
「でも、見舞いに来て、俺たちがいたから様子見てた人かもしれないじゃないですか」
俺の反論に、夏輝さんはニヤリといった感じの嫌な笑みを浮かべた。
「それが、僕が見たのは、真輝を見舞いに来るはずがない人物だったんだ」
どういうこと?
夏輝さんはさらに続ける。
「以前、ストーカーに困ってるっていう知人に頼まれて、真輝が彼氏のフリをしたことがあって、その時のストーカーに似てたんだ。病室の中をちらちら見ていた人物にね」
俺にはただ感でものを言っているようにしか見えなかった。けれど、夏輝さんには何処から出てくるのか、それなりの根拠のようなものがあるらしかった。
「いいから、真輝のところへ行って来てくれないか? 真輝独りじゃ、ちょっと心配なものでね」
少々納得はいかないものの、俺は夏輝さんに言われたとおりに、真輝の病室へ戻ってみることにした。
俺が車を降りる時に、これは一種の賭けで、当たるも八卦、当たらぬも八卦といった感じだと夏輝さんは笑っていた。
俺が真輝の病室に戻ると、真輝は遅いと憤慨していた。
「遅いわッ」
「はいはい。真輝、夏輝さんから」
俺は真輝のベッドの上に夏輝さんに渡されたウォークマンを置いた。
「さんきゅ」
真輝はニッと笑い、ウォークマンをいじり始めた。
「これで、ヤツとのやり取りを録音しようっていうのか?」
俺は証拠を押さえるといっていた夏輝さんの言葉を思い出していた。しかし、真輝は無言でうなずくと、小声で俺に言った。
「サエ、俺独りでいる方が、ヤツも出て来やすいと思うから、ちょっとトイレにでも行って来るって感じで一度外出てくれへん?」
「おとりになるっていうのか?」
俺の問いかけに真輝は笑いを浮かべ、無言の肯定をした。
「わかったよ。行って来る」
俺は呆れた声で了承の意を伝えると、病室を出た。
しばらくして、俺が戻ると、病室にはご丁寧にも皮製の手袋をはめた見知らぬ男がいた。
男は丁度、真輝を羽交い絞めにして、首にビニール製の紐を巻きつけようとしていたところだったのだ。
「真輝?!」
俺はすぐに状況を飲み込めなかった。
しかし、動揺したらしい男は俺に向かってぶつかってきた。
逃げるつもりらしい。
「そいつ、逃がすなッ」
真輝が叫んだ。
俺はとっさに、男の服を掴んだ。すると、バランスを崩した男は、もんどりうってその場に倒れこんだ。
そこへ、タイミングよく夏輝さんが現れた。
夏輝さんは無言で、立ち上がろうとする男に日本では正規販売されていない黒光りする、凶器を突きつけた。
「ひッ」
男は短い悲鳴をあげると、気を失ってしまった。
「なっさけないなぁ」
真輝が呟いた。
「コレ、単なるモデルガンなのにな」
夏輝さんも呆れ顔だ。
しばらくして、男は意識を取り戻した。
夏輝さんがモデルガンで脅してはかせたところ、男の名前は由良冬嗣。二十四歳のしがないサラリーマンだった。
そして、真輝を襲撃した理由は、衝動的なものと、「勘違い」だった。
以前、ストーカーに困ってるっていう知人(女性)に頼まれて、真輝が彼氏のフリをしたことで、由良は真輝がいなくなれば、その女性が本当は自分のことが好きなのだと気がついてくれると思っていたのだという。そこへ、タイミングよく、公園に向かった真輝を見かけ、話そうと追いかけて由良も公園に入った。すると、真輝が携帯を取り出し、話し始めてしまったので、由良は声をかけるチャンスをうかがっていたのだ。
しかし、真輝が電話の相手の名を口にするなり、由良の中で憎悪が生まれた。真輝が彼氏のフリをした女性がサエという名前であったため、俺――真輝は俺をサエと呼ぶ――と電話している真輝が、サエという女性と電話しているのだと勘違いしたのだ。そして衝動的に殴り倒したのだそうだ。
その後、夏輝さんが由良に自首をすすめたため、由良は夏輝さんに付き添われて警察に向かった。
「勘違いで殺されかけたら、かなわんわ」
由良の後姿を見送りながら、真相を知った真輝はそんなことを呟いていた。
「真輝、そぉいや、なんでメガネのヤツに祟られいといけないのさ?」
俺は最後まで残っていた謎を問いただした。
「まぁ…企業秘密だ」
真輝はおもいっきりはぐらかした。
企業秘密ってなぁ……。もうちょっとマシな誤魔化し方できないのか……。
俺と真輝は脱力し、互いに顔を見合わせ笑った。
〜 END 〜